Sweetの歴史(1)   

2005年 12月 16日
今月はSweetの強化月間にしてみたものの、Sweetについては、「かわいいし音楽も大好き~(≧∀≦)//」程度の認識しかなく、全くといっていいほど知識がありません。
これではいけません…。少しはSweetについてお勉強しておこうと思い、Wikipediaで紹介されていた<Sweetの歴史>を読みました。でも、英語、読むのめんどくさい…ってゆうか、わからないから「yahooo!翻訳」で翻訳させてみました。そしたら、余計におかしな日本語が気になって気になって仕方ない…。
ということで、Sweetの歴史を勉強しながら、ついでに英語のお勉強もして、あまりに意味の通じない部分を翻訳していくことにしました。
ちなみに私の英語レベルは高校生程度です。大丈夫かいな~( ̄ー ̄;)
おかしなところはご指摘いただけると、とっても、嬉しいです。

Sweetに興味のないあなたにも☆英語に興味のないあなたにも☆まったく興味のわかない記事になることウ・ケ・ア・イです(^◇^;
なのに、そのわりには時間だけかかります(涙)。
ま、とりあえず、勉強になるいい機会なので、がんばります!



01/23
Sweet's origins go back to 1965, with UK soul band Wainwright's Gentlemen, which included drummer Mick Tucker and vocalist Ian Gillan. Gillan quit in May 1965 to join Episode Six, and later, Deep Purple. Gillan's replacement was vocalist Brian Connolly. Tucker and Connolly remained with the band until 1968.

甘い物の起源*1は1965に戻ります、英国ソウルバンドウェーンライトのものと、拝啓。*2そして、それはドラマーミックタッカーとヴォーカリストイアンギランを含みました。ギランは、Episode Sixと、後で、ディープパープルに加わるために、1965年5月に立ち去りました。*3ギランの置き換えは、ヴォーカリストブライアンコナリーでした。タッカーとコナリーは、1968年までバンドに残されていました。
  1. …。(*/∇\*) あま~い、Sweetのこと☆
  2. Sweetの前身バンドが「Wainwright's Gentlemen」という名前らしい。GentlemenのGが大文字だったから拝啓。と訳してしまい、こんな誤訳になったとみた。
    →Sweetの始まりは1965年のイギリスのソウル系バンド(?)「Wainwright's Gentlemen」にさかのぼる。
  3. …そうだったんだぁ…ぜんぜん知らなかった…。



02/23
In 1968, Brian Connolly and Mick Tucker left Wainwright's Gentlemen to form another band. They recruited a bass guitarist/lead vocalist named Steve Priest from a local band called The Countdowns. Along with a guitarist named Gordon Fairminer, the band was called Sweetshop. Gordon Fairminer's stay was brief, and he was replaced by Frank Torpy. It didn't take long for Sweetshop to develop a following on the pub circuit, and they were signed to the Fontana Label. At the time, another U.K. band released a single under the same name Sweetshop, so the band shortened the name to Sweet. Their debut single "Slow Motion" failed to chart. Sweet were released from their contract, and Frank Torpy left.

ウェーンライトのものを残される1968、ブライアンコナリーとミックタッカーで、もう一つのバンドをつくるために拝啓。*1彼らは、スティーヴPriestという名のバス*2ギタリスト/リードヴォーカリストをCountdownsと呼ばれている地元のバンドから補充しました。ゴードンFairminerという名のギタリストと一緒に、バンドはSweetshopと呼ばれていました。Fairminerのものが抑えるゴードンは手短に言いました、そして、彼はフランクTorpyと取り替えられました。*3Sweetshopがパブ回路の上で支持者を開発することは長くかかりませんでした、*4そして、彼らはフォンタナLabelにサインされました。その時に、もう一つのU.K.バンドは同じ名前Sweetshopの下でシングルをリリースしましたので、バンドはSweetに名前を短くしました。彼らのデビュー一つの「遅いMotion」は、チャート入りすることができませんでした。甘い物は彼らの契約から自由にされました*5、そして、フランクTorpyは去りました。
  1. 拝啓。(笑)
    →1968年にBrian ConnollyとMick Tuckerは「Wainwright's Gentlemen」を辞めて他のバンドを結成した。
  2. →ベース
  3. →Gordon Fairminerの在籍期間は短く、メンバーはFrank Torpyに代わりました。
  4. →まもなくSweetshopはパブを演奏して回るようになり、
  5. →契約が破棄されました。



03/23
In 1969 guitarist named Mick Stewart joined, and Sweet signed a new record contract with EMI's Parlophone Label. Three more bubblegum pop singles were released, "Lollipop Man", "All You'll Ever Get From Me", and Archies cover, "Get on the Line", which all failed to chart. Stewart then quit and was replaced by ex-Elastic Band guitarist Andy Scott.

ミックという名の1969人のギタリストで、スチュワートは出会いました*1、そして、SweetはEMIのParlophone Labelとの新記録契約*2にサインしました。もう3人のbubblegumポップ一人は解放されました、「棒キャンディーMan」、「全て、あなたはEver Get From Meを決意します」、そして、アーチーはカバーして、「ラインをつけます」。そして、それを海図に記すことが全てができるというわけではありませんでした。*3スチュワートは、それから立ち去って、前Elastic Bandギタリストアンディスコット*4と取り替えられました。
  1. この誤訳は、おもしろい…。( ̄ー ̄;)
    →1969年にミック・スチュワートという名前のギタリストが加入し、
  2. 世界新記録を出さなきゃダメなスパルタな契約っぽいけど、新譜の契約ってことだとおもう…。
  3. アーチーとされているのはアーチーズ(ドン・カーシュナーの手によって作られた男女混成バブルガム・ポップ・バンド)で、「ラインをつけます」とされた曲"Get on the Line"がアーチーズのカバーらしい。それにしても「棒キャンディーMan」って…なんとなく、ハズカしい…(*/∇\*) キャ♪
    →3つのバブルガム・ポップ・シングル "Lollipop Man"、"All You'll Ever Get From Me"、アーチーズのカバー"Get on the Line"がリリースされたが、チャートには入らなかった。
  4. スコット登場~!ここで4人のメンバーがそろった。



04/23
With the new line-up now in place, a management deal was secured with a newly formed and unknown song writing team consisting of Nicky Chinn and Mike Chapman. Phil Wainman was the executive producer. This management deal also included a worldwide (except USA) record contract with RCA.

適所に現在新しいラインアップで、管理取引は、ニッキチンとマイクチャップマンからなるチームを書いている新しく作られて未知の歌で確保されました。*1フィルWainmanは、エグゼキュティブプロデューサーでした。この管理取引も、RCAとの世界的な(USAを除いて)記録契約を含みました。
  1. ここは、よくわかんないけど、こんな感じ?
    →新しい管理体制のもとにNicky ChinnとMike Chapmanという無名のソング・ライティング・チームが配置された。



05/23
Sweet initially attempted to combine various musical influences, including 1960s bubblegum pop groups such as the Archies and The Monkees, with more rock-oriented groups such as The Who. Sweet adopted the rich vocal harmony style of The Hollies, with distorted guitars and a heavy rhythm section. This fusion of pop and hard rock would remain a central trademark of Sweet's music.

甘い物は、まず最初に1960年代bubblegumポップグループ(例えばアーチーとモンキーズ)を含むいろいろな音楽の影響をWhoのようなより岩を指向するグループと結合しようとしました。*1 ゆがめられたギターと重いリズムセクションで、甘い物はホーリイズ*2の豊かな声の調和スタイルを採用しました。ポップとハードロックのこのフュージョンは、Sweetの音楽の中心的な商標のままです。*3
  1. これは、なかなかウマい訳かも…。こうゆう長ったるい文章をサラッと読ませる日本語にするのが、難しい…。
    →始めに、Sweetはthe ArchiesやThe Monkeesなど60年代のバブルガム・ポップ・グループといった様々なミュージシャンから影響を受けていた音楽性をThe Whoのような、よりロック色の濃い楽曲に取り入れようとした。
  2. →ホリーズ(グラハム・ナッシュが在籍していたバンドらしい)
  3. →ポップとハード・ロックが融合したこのスタイルは、スイートの楽曲を象徴するトレードマークとして、後々まで引き継がれることになった。



06/23
Another influence on Sweet's music was 1960s drummer Sandy Nelson, as heard on Mick Tucker's drumming style. In particular, Sweet tracks such as "Ballroom Blitz", "Action", and "Man With the Golden Arm", all contain elements of Sandy Nelson's 1961 U.S. top ten hit, "Let There be Drums".

ミックタッカーがスタイルをドンドン鳴らすことに聞こえて、*1Sweetの音楽に対するもう一つの影響は1960年代ドラマーサンディネルソンでした。特に、Sweetは例えば「ダンス場Blitz」(「行動」)を追います、そして、「人WithゴールデンArm」、全ては衝突されるサンディネルソンの1961着のアメリカトップ10の要素を含んで、「Thereをドラムであらせます」。*2
  1. as heard onってのは熟語かな…?わからん。
  2. お~、Q+Pのロジャーのドラム・ソロのやつだー!そうだったのか~。どんな要素なのか、よくわかんないけど…。
    →特にスイートの"Ballroom Blitz"、"Action"、"Man With the Golden Arm"といった曲はすべて1961にアメリカのトップ10入りをしたSandy Nelsonの"Let There be Drums"の要素を含んでいる。



07/23
In March 1971, Sweet's "Funny Funny" single became their first international hit, climbing to number one on many of the world's charts. "Co-Co" was the next single issued, which outsold "Funny Funny". The next single, "Alexander Graham Bell", was only a minor hit. Sweet's first LP, titled Funny How Sweet Coco Can Be was released towards the end of 1971, but failed to chart. As the LP faded into obscurity, Sweet found themselves being labelled by music critics as nothing more than a Top 40 singles band.

1971年3月に、シングルのSweetの「おかしいFunny」は彼らの最初の国際的なヒットになりました。そして、世界のチャートの多くの上にナンバーワンまで上がりました。「Co-Co」は出される隣のシングルでした。そして、それは「おかしいFunny」をより多く売りました。*1  隣のシングル(「アレクサンダーグラハムベル」)は、殴られる未成年者だけでした。*2 甘い物の最初のLP、肩書のあるFunny How Sweet Coco Can Beは1971年の末の方へリリースされたが、チャート入りすることができませんでした。LPが無名状態に弱まったので、トップ40のシングルスバンド以外の何物でもないように、Sweetは彼ら自身が音楽評論家によってレッテルをはられているのに気づきました。*3
  1. →次にリリースしたシングル"Co-Co"は"Funny Funny"より売れた。
  2. >殴られる未成年者だけ
    そんな物騒な…。
    →次のシングル"Alexander Graham Bell"は大きな売れ行きは示しませんでした。
  3. 泣けます…。



08/23
In September 1972, "Wig Wam Bam" was released. Although this single remained largely true to the style of Sweet's previous hits, the vocals and guitars were stronger and more more rock-oriented than on the group's previous singles. It was in many ways, a transition single, paving the way for the change of musical emphasis that came with "Blockbuster", Sweet's first single of 1973, which quickly reached number 1.

1972年9月に、「かつらWam Bam」*1はリリースされました。このシングルが主にSweetの前のヒットのスタイルに忠実なままだったけれども、ボーカルとギターは岩より強くてグループの前のシングルスに関してよりを指向しました。*2 それは「超大作」(1973年のSweetの最初のシングル)とともに来た音楽の強調の変更への道を開いて、多くの方向(移行シングル)にありました。そして、それは速くナンバー1に着きました。*3
  1. シングルのタイトル訳は何気にツボついてます。
  2. →ボーカルとギターはよりパワフルで、それまでのシングルよりもずっとロック色の濃いものになっていた。
  3. →"Blockbuster"
  4. musical emphasiseってのが、自信ないけど、こんなのでいいかな?
    →それは色々な意味で転換期となったシングルであり、楽曲の力強さに変化をもたらすことになる。次にリリースした1973年の最初のシングル"Blockbuster"は、またたく間ににチャートの1位まで登りつめた。



09/23
As the group's popularity grew, Sweet put in a heavy schedule of U.K. and European TV promotional appearances, including numerous Top Of The Pops and Supersonic slots. Sweet soon picked up a large teenage audience. The band also capitalised on the Glam explosion, rivalling Gary Glitter, T. Rex, Queen, Wizzard, and Slade for outrageous stage clothing.

グループの支持率が増大したので、SweetはU.K.とヨーロッパのテレビプロモーションの外観の大変な予定を入れました。そして、多数のTop Of The PopsとSupersonicスロット*1を含みました。甘い物は、すぐに大きな十代の観衆*2を迎えに行きました。バンドもGlamの上で爆発に投資しました。そして、法外なステージ衣類のためにゲイリーグリター、T.レックス、女王、Wizzardとスレードに対抗しました。*3
  1. "Top Of The Pops"がテレビ番組のタイトルだから"Supersonic slots"っていうのも、テレビ番組のタイトルかな?
  2. >大きな十代の観衆
    私だって大きな十代の観衆なんだからぁ、迎えに来て欲しい~♥
  3. われらが女王も衣装合戦に登場(笑)
    法外な衣装合戦が開催されて、出場者は、スイート、ゲイリー・グリッター、T.REX、女王、ウィザード、スレイドの6チーム。さて、その優勝者は???
    ん………悩むなぁ。スイートの衣装かわいすぎるぅ。ゲイリー・グリッターもやっぱり、グリグリさではやっぱりリーダーだ!T.REXは…かわいいけど意外と普段着でも通用するよなぁ…。われらが女王様の衣装は…やっぱりフレたんの赤白ホットパンツが好・き・(*/∇\*) キャ♪ ウィザードは…誰にもマネできん!すごい魔法使いだ!スレイドもけっこう好きだなぁー、あのミラー帽子ほしい…£ονё゚:。(*-ω-)-ω-*)。:゚£ονё
    夢想タイム、終了~。



10/23
By mid 1974, Sweet had grown tired of the artistic control Nicky Chinn and Mike Chapman exerted over their career, hence the group decided to record without the duo. The resulting album, Sweet Fanny Adams, was their first Top 40 chart album, also demonstrating a heavy rock band of considerable talent. Sweet also dropped their Glam image in favour of a more conventional hard rock appearance. In reponse to music critics, Sweet concentrated on proving their musical talents on self-written hard rock/pop album tracks.

1974年中頃までに、Sweetは彼らの職歴にわたって出される芸術的な支配ニッキチンとマイクチャップマンに疲れてきました、それゆえに、グループはデュオなしで記録に決定しました。結果として生じるアルバム(Sweetファニーアダムズ)は彼らの最初のトップ40のチャートアルバムでした。そして、また、かなりの才能の重いロックバンドを示しました。甘い物も、より従来のハードロック出演に賛成している彼らのGlamイメージを落としました。*1音楽評論家へのreponseに、Sweetは自己書面にしたハードロック/ポップアルバムトラックで彼らの音楽の才能を証明することに集中しました。
  1. 微妙なニュアンスが自信ないけど…。
    →また、Sweetはグラムのイメージをそげ落として、外見の上でもよりハード・ロックらしく傾倒していった。



ここで、前半終了!最後まで終わるかなぁ…。
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by rainy_day_t_12_35 | 2005-12-16 16:31 | 音楽