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愛されてお金持ちになるためのチャレンジ第一回目   

2005年 08月 31日
あれは確か、6月7日のことだった。
前日の夜中、突然「そうだ!6月19日にミュージカル『We Will Rock You(WWRY)』を観に行こう!」と一人で盛り上がり、早速チケットを手配した。
楽しみだなぁ~(*^ー^*)WWRY♪その日は夜中の2時頃に眠りについた。

なのに、5時に目覚めてしまった。
私は寝つきも悪いが寝起きも悪い。だからこんなお年寄りモードのお目覚めなんて、ありえない!
WWRYのせいでエキサイトしすぎたか・・・。もう二度寝もできない~。
うーむ、こういう時は、かねてよりチャレンジしてみたかった
『愛されてお金持ちになるための60分ウォーキング』のチャンスじゃないかい?
よし、出かけよう!愛されてお金持ちになるために!いざ、出発!!!

こうして、早朝のウォーキングという、生まれて初めてのプチ冒険が始まった。
朝の空気って、おいしい!あー!草花に「朝露」がついてるぅ!葉っぱも元気いっぱい、めいっぱい喜んでるー!んまあ、キレイなお花!あ、ちょうちょ!かんわいいなぁ~♪いや~ん、目に入るものすべてが新鮮!こんなすばらしい世界が身近にあったなんて、ドロたん大感激☆

あー、楽しかった!
『愛されてお金持ちになるためのチャレンジ第一回目』はすばらしく順調な滑り出しをみせた、かのように見えた。そう、この時はまだ、後に起こることを知る由もなかったのだ・・・。

家に戻ってから急いで身支度を整え、いつものようにチャリで出勤した。
私は片道6kmの道のりを30分かけてチャリ通してる。なんたって、鍛えたい年頃なのだ(?)。

で、チャリで坂道をスイ~ッと降りていると、帽子が飛ばされそうになった。と、次の瞬間、





道路に右半身を叩きつけられていた。

信じがたかった。チャリに乗っていてこんなにダイナミックな転び方したことなんて、いまだかつてない。
パニクりながらチャリを起こしてブチ撒かれた荷物をカゴに戻そうとしたら、カゴがベコッと潰れていた。ギョエー!?と思ったけど何食わぬ顔してカゴをこじ開け、荷物を入れて、その場をそそくさと後にした。

いけない、いけない。
何たって、今は「WWRYを控えた大事な体」なのだ。気をひきしめなければ。ゆっくり走ろう北海道。。。
とにかく、大惨事に至らなかったことを、強く感謝した。

そして、そこから500mほど進んだ交差点に差し掛かり、一時停止した。
右側に車が止まっていたが、動き出す気配がなかったので私はのろのろと走り出した。と、次の瞬間、





車になぎ倒され道路に左半身を叩きつけられていた。

信じがたかった。チャリに乗っていて車に巻き込まれたことなんて、いまだかつてない。
ってゆうか、激しく転んだ5分後に車に轢かれるだなんて、こんな大ハプニングが重なるなんて、、、ありえない!ありえない!ありえない!

車から焦っておじさんが降りてきた。
「いやぁ、ごめんね、ごめんね。大丈夫かい?いや~、右しか見てなかったもんね~」
・・・ちゃんと確認しろよ・・・。
それより小さな事故とはいえ事故は事故。警察を呼ぶのは常識・・・。
ハッ?警察?ってぇことは何かい?現場検証するのかい?
ヤバい。私はその5分前に転んでるではないか。

保険金目的の当たり屋だと思われたら困る( ̄Д ̄;)

何を思ったか、とっさにそう判断した私はとりあえず、おじさんの連絡先のメモをもらって、そそくさとその場を離れることにした。

おかしい・・・なんか、足がいたい・・・。それも、両方の足が・・・。
っていうか、体中?全身が、痛い・・・。
おまけに、チャリも、なんかヘン。ギーコギーコ、なんかヘンな音がする・・・。

・・・後で確認すると、体中に、奇怪極まりないグロテスクな打ち身ができていたのだ。
その打ち身のあまりのひどさと痛さに不安がどんどん募っていったので、、、仕方なく病院に行き、レントゲンをとった。
そしたら、不幸中の幸いというべきか、骨には全く異常がなかった。よかった!
それにしても、転ぼうが車になぎ倒されようが、ヒビひとつなかったなんて。私ってば超人?超クール!

でもチャリの方はダメだった。前輪の軸がブレていて危ないらしい。

色々悩んだが、結局、おじさんに連絡すると病院代と自転車代を出してくれることになった。
ふー、やれやれ。悪い人じゃなくて、よかったー♪
ってゆうか、自分で転んだケガの方がひどかったのに、おじさんにお金出してもらった私って、
やっぱり当たり屋だったか・・・?まあ、よしとしよう・・・。


あ…、痛くて歩けないから、しばらくウォーキングできないや・・・(-_-;)

こうして、『愛されてお金持ちになるためのチャレンジ第一回目』は惨憺たる結果に終わるのであった。

果たして、ドロたんが愛されてお金持ちになる日は本当に来るのか!?
乞うご期待!
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by rainy_day_t_12_35 | 2005-08-31 01:01

祖母の三回忌(1/2)   

2005年 08月 29日
今日は、母方の祖母の三回忌だった。
私の祖母はお茶の先生をしている人だった。
そういうと、三つ指突いてお出迎えの古風な良妻賢母、といった印象を抱くかもしれないけど、ところがどっこい。
車を乗り回し、着るものはオーダーメードか高級品かお着物、外食が多いので、ろくに料理もできない。
一応、大戦をくぐりぬけてきた大正生まれの女性なのだけれど、こういう人が「モガ」と呼ばれていたのだろうか・・・?
「お金なんて使うためにあるんだからセコセコ貯めてないで、おいしいもの食べてどんどん欲しいものを買いなさい」なんてことをいう人だった。
食事に行って安いものを頼むと、怒られるのだ。そして、ナイフとフォークをそれはそれはお上品に使いこなす人だった。
そんな人だから、どんなに年をとってもお上品な笑顔がステキで、華があった。そして驚くほど社交的でやたら人脈があった。
町を歩くと10メートルおきに知り合いとすれ違っては、その度に丁寧ににこやかにご挨拶をする。だからおばあちゃんと一緒に町を歩くと、目的地にたどりつくまでえらく時間がかかった。
つまり、人見知りで貧乏性で華のハの字もない私とは、大違いだっ。まさに雲泥の差。月とスッポン。天と地。天国と地獄。

最後の貴族だったような、いわゆる「斜陽族」のおばあさま、というのならまだわかるけど、私の祖母が貴族のわけがない。
なのにこんな北海道の片田舎でなぜこんな人ができあがったのかというと、
おばあちゃんは「箱入り嫁」だったのだ。
私の祖父は身一つで事業を起こして急成長をさせ、北海道でも五本の指に入る高額納税者となるまで登りつめた人らしい。
残念ながら、その事業は祖父が亡くなるのと前後して時代の波に乗り切れず斜陽の一途を遂げた。
そんなわけで、私はお嬢様になり損ねたのだけれど(笑)。

そんな祖父にもらわれてきた15歳年下のおばあちゃんは、それはそれは、たいそうかわいがられていたらしい。
おばあちゃんが試験に落ちて車の免許を取れなかった時なんて、祖父が教習所に怒鳴り込みに行き、おかげで無事に免許を取得できたとか・・・。
まぁ、何でもアリの時代だったのかもしれない・・・けど。。。

そんなおばあちゃんだったけど、難点があったとしたら、何というか、「わーい!おばあちゃんだぁ!」と言いながら駆け寄って抱きつく、そんなことが許されないような雰囲気のある人だった。
笑顔がステキな人なのだから、冷たくて厳しいわけではない。
ただ、「スキンシップという愛情表現の方法」が、わからない人だったのだ。

私はおばあちゃんと二世帯住宅の環境で育ってきた。
あれは、私が10歳頃のことだった。学校から帰ってきたら熱が出てるのか動けなくなり、横になっていた。
母親は仕事をしていてまだ帰ってこない。
そんな時、遠くのドア越しで、おばあちゃんが私の様子を心配そうにうかがってるのがぼんやり見えた。
そこへちょうど帰ってきた姉におばあちゃんが「お姉ちゃんなんだから妹の面倒をみてやんなさい」と叱る声が聞こえた。
子どもってのは、なぜか親や身内に見捨てられると思いこむことがある。
病気で気が弱くなっていたからなおさらだったのだろう、その時、私はおばあちゃんにもお姉ちゃんにも、もう見捨てられたんだと、ひどく傷ついてしまったので、そのことは未だに鮮明に覚えてる。

その頃はよくわからなかったけど、今になって思うのは、おばあちゃんはなぜ自分で看病してくれなかったのだろう、ということだ。
おじいちゃんだったら、まだわかる。子育ての経験のない男の人には、どうすればいいかわからないだろう。特に昔の男の人は子育てなんてやらなかっただろうし。
でも、おばあちゃんは、おばあちゃんなのに・・・おばあちゃんなのに・・・おばあちゃんなのに・・・。
そう、おばあちゃんには4人の子どもがいたけれど、ろくに子育てをしていなかったのだ。
そういった家のことは家に4人もいた家政婦さんにまかせっきりで、自分は遊び歩いていたらしい・・・。
あああ、おばあちゃん・・・。

つづく。
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by rainy_day_t_12_35 | 2005-08-29 00:47 | 雑記

祖母の三回忌(2/2)   

2005年 08月 28日
そんなおばあちゃんだったが、祖父に先立たれてから20数年後、痴呆がひどくなってきた。
上京していた私が東京から引き上げてきた頃には、体もすっかり弱っていて、一人ではもう着替えもおぼつかないほどになった。
ボタンをかけるのも難しい。座った状態もうまく保っていられない。
ある日の夜、おばあちゃんをベッドに座らせ、横に並んで座り、おばあちゃんを抱き抱えた状態でパジャマに着替えさせていた。
その時、ふと、あぁ、おばあちゃんって、今こうしてようやく、子どもの頃に得られなかったスキンシップを取り戻してるのかもしれないと、そんなことを思った。

おばあちゃんは貧しい家の生まれで、物心がつくかつかないかの頃から、親戚をたらい回しにされてきたそうだ。
もしかしたら、幼かった頃に、ぎゅうって抱きしめてくれる人がいなかったから、
そのせいで抱きしめてあげる番になっても、どうすればいいのかわからなかったのかもしれない。

今でもそれを思うと、悲しくなる。
おばあちゃんがかわいそうだから、という理由だけが原因で悲しくなるわけではない。
私が、結局、おばあちゃんに何もしてあげられなかったから、情けなくてしょうがなくて、悲しくなるのだ。
すべきことが何なのか、あの時に気がついたのに、結局、何もできなかった。
おばあちゃん、おばあちゃんって、親しみ込めて微笑みかけて、もっと優しく抱きしめるべきだったのに。
そんな簡単なことが、できなかった。その頃、私の家族は全員、介護疲れで心の余裕を一切、失っていたのだ。

先日、スピリチュアル・カウンセラーの江原啓之さんの番組を見たら、江原さんがこんなことを言っていた。
「大切なことは、いかに真剣に人と向き合うか、ということなんです」と。
ああ、本当だなぁ、って思った。私には真剣さが全然、足りなかったんだ。

ま、後悔してもしょうがない。
おばあちゃんだって、私が自責の念に捉われて未だに泣きじゃくってるのを見たら、不愉快極まりないだろうし(笑)。
それよりも、そういった大切なことを気付かせてくれたおばあちゃんに、感謝すべきなのだとおもう。


おばあちゃんのお葬式が済んだ後に、義兄のお母さんがこんなことを言っていた。
「第一線を退いてから20年も経ったような女の人なのに、こんなに多くの人が来てくれるお葬式なんて、そうそうないことだよ」と。
おばあちゃんのお葬式には200名あまりの方が来てくれたのだ。
そう言われてみれば、私が死んでもこんなにたくさんの人が来てくれるわけがない(笑)。
あーもう、おばあちゃんって、ちっぽけな私から見たら、やっぱりスゴい!
おばあちゃんは、私のちょっとした自慢なんです。
さてと、私はおばあちゃんを悲しませないように、もっと幸せにならなきゃ。
そのためにドロたんは今日も、がんばりまっす☆



といわけで、ブログ開設の初っ端からというか開設を記念してか、もしくはたまたまか気まぐれか、、、
超ヘビ~な投稿をしてしまいました。
めちゃめちゃ長かったけど、読んでくださってありがとうございます。
この先はこんなに重~ったい投稿はしないので、どうかご安心ください(笑)。


そんなわけで、これからもよろしくお願いいたします。m(_ _)m
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by rainy_day_t_12_35 | 2005-08-28 00:50 | 雑記