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☆掲示板もどき-2005年12月☆   

2005年 12月 31日

*・*.。.*・゚・☆・゚・*.。.*・゚・☆・゚・*.。.*・゚・☆・゚・*.。.*・*


I Wish It Could Be Christmas Everyday♪by Wizzard

街はすっかりクリスマス☆
皆様がスイ~トなクリスマスをお過ごしになりますように♡
そんな願いを込めて、道Q生のくりたんた姐たんと共謀して、今月はThe Sweetの強化月間でーす♡

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The Sweet
ブライアン・コノリー(Vo)、アンディー・スコット(G)、ミック・タッカー(Ds)、スティーヴ・プリースト(B)

Sweet話もSweetに関係のない雑談や業務連絡、一言メッセージなども、こちらへお気軽にコメントいただけましたら光栄です。
みなさまからのコメントを心よりお待ちしております☆



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by rainy_day_t_12_35 | 2005-12-31 23:59 | 掲示板もどき

Sweetの歴史(2)   

2005年 12月 31日
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今日も残すところあとわずか。
今週も残すところあとわずか。
今月も残すところあとわずか。
今年も残すところあとわずか。

と、いうことは…。
Sweet強化月間もあと約30分で終わりだ…(汗)。
年末のあわただしさに紛れてうっかり放置していましたが…、多いに焦ってSweetの歴史(2)アップします!
*この画像はクリックするともっと大きくなります♡


11/23
The Sweet Fanny Adams album also featured compressed high-pitched backing vocal harmonies, which was a trend that continued on all of Sweet's albums. Sweet, and fellow U.K. band Queen, were both recognised as one of the main exponents of high-pitched harmonies during the 1970s.

Sweetファニーアダムズアルバムも圧縮した調子の高い後退声のハーモニーを特徴としました。*1 そして、それはSweetのアルバムの全ての上で続けた傾向でした。甘くて、仲間の英国は、女王を縛って、1970年代の間に調子の高いハーモニーの主な主唱者のうちの1人と、両方とも認められました。*2
  1. →『The Sweet Fanny Adams』も分厚い高音のバッキング・ボーカルによるハーモニーが特徴的なアルバムで、
  2. 女王まで縛らなくても…。Sweetのデビューは1971年なので、一応、SweetはQueenの先輩です( ̄^ ̄)ノ
    →Sweetとそれに続くイギリスのバンドQueenは高音のコーラスが特徴的な1970年代のバンドとして知られている。



12/23
A second album was released during 1974, called Desolation Boulevard. One of the tracks off this album was a cover of The Who's "My Generation". Sweet received public praise from The Who's guitarist, Pete Townshend. Sweet also frequently cited The Who as being one of their main influences. At Townshend's invitation, Sweet were invited to support The Who at Charlton Athletics' Football Ground. Unfortunately, in June of 1974, Brian Connnolly was attacked before the group's going on as support, and he took time out from singing as his throat was badly bruised.

第2のアルバムは1974年の間に公開されました。そして、Desolation大通りと呼ばれていました。このアルバムを離れたトラックのうちの1本は、Whoの「私のGeneration」のカバーでした。*1 甘い物は、Whoのギタリスト(ピートタウンゼンド)から、一般の賞賛を受け取りました。甘い物も、しばしばWhoを彼らの主な影響のうちの1つであることとして引用しました。タウンゼンドの招待で、SweetはチャールトンアスレチックスのFootball GroundでWhoを支持しようと誘われました。残念なことに、1974年6月に、彼ののどにひどくあざができたので支持と彼が歌うことから時間をつくったのでグループが続く前に、ブライアンConnnollyは攻撃されました。*1
  1. この英語、わかりにくい…。翻訳するうえではその件に関する背景知識があると、英語力のなさをある程度カバーできますが背景知識が全くないので、こういうところで誤訳します(汗)。
    →1974年6月、サポーティング・アクトを務める前にブライアン・コノリーはノドを痛めてしまい、歌を控える必要があった。



13/23
In 1975, RCA released an album titled, The Sweet Singles Album, which was only released in Australia and New Zealand. This LP featured hard rock B side single recordings, including the hit singles "Ballroom Blitz", "Teenage Rampage", "Blockbuster", and "Hell Raiser".

1975年に、RCAはタイトルをつけられるアルバムを公開しました、Sweet Singles Album、どちらがオーストラリアとニュージーランドでリリースされるだけでしたか。*1 このLPは、ヒットシングル「ダンス場Blitz」、「10代のRampage」、「超大作」と「地獄Raiser」を含むハードロックB面シングル記録を特徴としました。
  1. →RCAからから"The Sweet Singles Album"というタイトルのアルバムがオーストラリアとニュージーランドだけでリリースされた。



14/23
In 1975, Sweet's first self-written and produced single, "Fox on the Run", was released worldwide and instantly became their biggest selling hit, reaching number one in several countries.

1975年に、Sweetの最初の自己書面にして生じられた*1シングル(「Runのフォックス」)は世界中でリリースされて、すぐに彼らの最大の売却ヒットになりました。そして、いくつかの国でナンバーワンに達しました。
  1. →自ら作曲しプロデュースした



15/23
During 1976, Sweet attempted to gain popularity in America by promoting their Give Us A Wink album with a heavy schedule of more than fifty concert dates. During one appearance, Sweet played All Right Now with Ritchie Blackmore in a tribute to mark the death of Free guitarist Paul Kossoff.

1976年の間に、Sweetは50以上のコンサート日付の大変な予定で彼らのGive Us A Winkアルバムをプロモートすることによってアメリカに好評を博しようとしました。1つの出演の間、SweetはFreeギタリストポールKossoffの死を記録するために、賛辞でリッチーブラックモアとAll Right Nowをしました。*1
  1. →Sweetはある公演でFreeのギタリストPaul Kossoffの追悼のためにRitchie Blackmoreと「All Right Now」を競演しました。




16/23
The 1976 and 1977 years featured Sweet as an album oriented pop-metal act. Albums such as Give Us a Wink and Off the Record were undoubtedly Sweet's heaviest studio albums. Indeed, Sweet's 1976 top twenty hit, "Action", was the group's hardest rocking hit single.

アルバムがポップ-金属行為を正しい位置に置いたので、1976て1977年はSweetを特徴としました。*1 Give UsのようなアルバムWink、そして、Recordが疑う余地なくそうであったOff Sweetの最も重いスタジオアルバム。*2本当に、Sweetの1976のトップ20ヒット(「行動」)は、グループの最も堅い揺れるヒットシングルでした。
  1. 1976年に『Give Us A Wink(甘い誘惑)』1977年に『Off The Record(明日なき青春)』がリリースされている。
    →1976年と1977年はスイートがポップ・メタルの方向に向かったアルバムがリリースされた年だった。
  2. →『Give Us A Wink(甘い誘惑)』と『Off The Record(明日なき青春)』といったアルバムは疑いもなくスイートの最もヘヴィーなスタジオ・アルバムだ。



17/23
Sweet split from RCA in late 1977. The first album for new label Polydor, Level Headed, found Sweet experimenting by combining rock and classical music, an approach similar to U.K. band ELO. Sweet undertook a successful British tour in early 1978. "Love Is Like Oxygen" was their last U.K. top ten hit in 1978.

甘い物は、1977年後半にRCAから割れました。新しいラベルポリドール(Level Headed)のための最初のアルバムは、Sweetが岩とクラシック音楽(U.K.バンドELOと類似のアプローチ)を結合することによって実験しているのを発見しました。甘い物は、1978年前半に成功した英国の旅行を行いました。「Is Like Oxygenが好きです」、彼らの最後のU.K.トップ10は、1978年に打たれました。


18/23
In February 1979, Brian Connolly left the band under acrimonious circumstances, and neither he nor the band fully recovered. Brian was particularly suffering from the effects of substantial alcohol intake. He also suffered cardiac arrests at the height of his excess.

1979年2月に、ブライアンコナリーはとげとげしい状況の下にバンドを去りました、そして、彼もバンドも完全には回復しませんでした。ブライアンは、特に相当なアルコールの摂取の影響で苦しんでいました。彼も、彼の過剰の頂点に心停止で苦しみました。*1
  1. 心停止?したけど奇跡的に助かったのかな???わからない…(汗)



19/23
Before Brian Connolly announced his departure in February 1979, his vocals were erased from the recorded material for the ensuing Cut Above The Rest album, and Sweet continued on as a trio, with Scott and Priest now both handling lead vocals. Keyboard player Gary Moberley completed the four-piece line-up. Three more studio albums were recorded between 1979 and 1982, the year in which Sweet disbanded.

ブライアンコナリーが1979年2月に彼の出発を知らせる前に、彼のボーカルは引き続いて起こるCut Above The Restアルバムのための記録された材料から消されました、そして、リードするボーカルを取り扱って、スコットと現在両方ともPriest、Sweetはトリオとして続きました。*1キーボード奏者ゲイリーMoberleyは、4-部分ラインアップを完了しました。もう3曲のスタジオアルバムは、1979と1982の間で(Sweetが解散した年)録音されました。
  1. ブライアン・コノリーが1979年2月に脱退を表明する前に、彼のボーカルは次のアルバム『Cut Above The Rest』のために録音されたマテリアルから削除され、Sweetはスコット、プリーストの2人がボーカルを務め、Sweetは3人のグループとして続けられた。



20/23
In 1988, Connolly, Scott, Priest, and Tucker briefly reformed to record music for the first time in seven years. Some reworked studio versions of "Action" and "Ballroom Blitz" were recorded in Los Angeles. During the same year, "Blockbuster" was sampled by The Timelords (later The KLF) as part of their number one single, Doctorin' the Tardis. The track also featured samples of Gary Glitter's Rock And Roll (Part 1) and the Doctor Who theme, and reached number one in the UK charts on June 12.

1988年に、コナリー、スコット、Priestとタッカーは、7年で初めて音楽を録音するために、短く更生しました。「行動」と「ダンス場Blitz」の若干の手を入れられたスタジオバージョンは、ロサンゼルスで記録されました。同じ年の間に、「超大作」が彼らの一番のシングルの一部としてTimelords(後でKLF)によってサンプルをとられたこと、Doctorin' Tardis.トラックもゲイリーグリターのロックAnd Roll(パート1)*1 とドクターフーテーマのサンプルを特徴として、6月12日に英国チャートでナンバーワンに達しました。
  1. あらまぁ、知らなかった…(笑)。



21/23
In 1990, all four members were again re-united for the promotion of a video, titled Sweet's Ballroom Blitz. This UK release, which contained UK television performances from the 1970s, including current-day interviews, was released at Tower Records, London. In 1993 Def Leppard released a successful cover version of Action.

1990年に、全4人のメンバーはビデオの昇進のために再び再会しました。そして、SweetのBallroom Blitzというタイトルでした。この英国リリース(それは1970年代から英国テレビ性能を含みました)は、現在のインタビューを含んで、タワーレコード(ロンドン)でリリースされました。1993年に、デフレパードはActionの成功したカバーバージョンをリリースしました。


22/23
Brian Connolly died from liver failure in 1997, aged 52, having been content in his final years to appear in retrospective documentaries to demonstrate the damage he had inflicted upon himself. Mick Tucker died in 2002 from leukaemia, aged 54.

ブライアンコナリーは1997(52歳の)年に肝不全で死にました。そして、彼が彼自身に課した損害を示すために遡及的なドキュメンタリーに出演する彼の最後の年の内容でした。*1ミックタッカーは、白血病(54歳の)から、2002に死にました。
  1. ドキュメンタリーで病状について明確に公表したのか、それとも映像から病状が見て取れることを指しているのかがわからないので、ちょっとここは訳しにくいです。
    →ブライアン・コノリーは1997年に享年52歳で肝不全で亡くなった。晩年に出演した回顧的なドキュメンタリーで彼の容態がどの程度のものだったのか計り知ることができる。




23/23
Sweet's two remaining members are still active in the music industry. Andy Scott currently continues to tour with Andy Scott's Sweet, while Steve Priest is now a session musician in Los Angeles.

甘い物の2人の残りのメンバーは、音楽業界でまだ活発です。スティーヴPriestが現在ロサンゼルスのセッション音楽家である間、アンディスコットはアンディスコットのSweetで現在旅行へと延びています。*1
  1. Sweetは現在も活動しています!!!
    →アンディ・スコットは現在アンディ・スコットのSweetとツアーを続け。スティーヴ・プリーストはロサンゼルスでスタジオ・ミュージシャンとして活動を続けています。



*あとがき
ブライアン・コノリーとミック・タッカーは亡くなりましたが、Sweetの残した名曲の数々は30年以上を経た今もなお私たちの心の中に生き続け、今もなお色あせることのない輝きを放っています。Sweetは、永遠です(涙)。
…非情にもSweet強化月間は本記事をもって終了しますが(笑)、これからもSweetをよろぴくです☆
£ονё゚:。(*-ω-)-ω-*)。:゚£ονё
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by rainy_day_t_12_35 | 2005-12-31 23:33 | 音楽

コメントができないー。   

2005年 12月 20日
昨日からコメント投稿が、なかなかできないよぅ…。
どしてだろ~?
そっか、『Sweetの歴史』にコメントが薄いのも、そのせいだったのかぁ~。(←たぶん違う( ̄ー ̄;))
くり姐たんやBBさんがコメントくださっているところを見ると、私だけなのかなぁ…?
とはいえ、もしコメントしようとしてくださったのに、反映されないやん( ̄Д ̄;)!!!
という事態に陥っていた方がいましたら、ごめんなさい(涙)。

お詫びに、プリチーなSweetをどぞ。
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キャッ(/д\*))((*/Д\)キャッ
やーん、ブラコノたんってば、セクスィ~~・:*:・(*/////∇/////*)・:*:・


まとめレスさせてもらいます。

☆ブラくり姐たん☆
>「ゴキブリ野郎 」「白ねずみ 」
これねー、マジでカッコいいのー!ココで試聴してみてぇ!
「White Mice」「Cockroach」そのまんまの邦題だけど(笑)Sweetはベストに入らないような曲だって、本当にカッコいいです♥

>bay city rollersのTVショーにゲスト出演した際のグリグリ
見たい…。あれ?七夕の時にちぃ~姉ちゃんに見せてもらったビデオ?
ところで、アルビン・スターダストって、かわいそうだけど、あのなかでは、いちばん面白くないよね~(笑)。速攻、早送りしちゃう…他の人たちがおもしろすぎるんだもん(笑)
あと、あのビデオ最後のTiger Feetで、クリスマス・ツリーの飾り付けを耳につけたWizardの人とか、ゲイリーバンドとか、みんなワーッて来てタイガーフィート踊るトコ、あれがたまんないのぉ( ̄∇ ̄*)ゞ


☆BBさま☆
コメント39です♪
いや、文才とかじゃなくて…、恥かしいので大きな声では言えないけど、一応、こんな私でも過去に翻訳を勉強したことが…( ̄ー ̄;)
だから、いわゆる「作文技術」を勉強したことがあるというだけの話で、とてもじゃないけど文才だなんて…、そんなぁ、めっそうもございません…。( ̄∇ ̄*)ゞエヘ
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by rainy_day_t_12_35 | 2005-12-20 13:57 | 雑記

Sweetの歴史(1)   

2005年 12月 16日
今月はSweetの強化月間にしてみたものの、Sweetについては、「かわいいし音楽も大好き~(≧∀≦)//」程度の認識しかなく、全くといっていいほど知識がありません。
これではいけません…。少しはSweetについてお勉強しておこうと思い、Wikipediaで紹介されていた<Sweetの歴史>を読みました。でも、英語、読むのめんどくさい…ってゆうか、わからないから「yahooo!翻訳」で翻訳させてみました。そしたら、余計におかしな日本語が気になって気になって仕方ない…。
ということで、Sweetの歴史を勉強しながら、ついでに英語のお勉強もして、あまりに意味の通じない部分を翻訳していくことにしました。
ちなみに私の英語レベルは高校生程度です。大丈夫かいな~( ̄ー ̄;)
おかしなところはご指摘いただけると、とっても、嬉しいです。

Sweetに興味のないあなたにも☆英語に興味のないあなたにも☆まったく興味のわかない記事になることウ・ケ・ア・イです(^◇^;
なのに、そのわりには時間だけかかります(涙)。
ま、とりあえず、勉強になるいい機会なので、がんばります!



01/23
Sweet's origins go back to 1965, with UK soul band Wainwright's Gentlemen, which included drummer Mick Tucker and vocalist Ian Gillan. Gillan quit in May 1965 to join Episode Six, and later, Deep Purple. Gillan's replacement was vocalist Brian Connolly. Tucker and Connolly remained with the band until 1968.

甘い物の起源*1は1965に戻ります、英国ソウルバンドウェーンライトのものと、拝啓。*2そして、それはドラマーミックタッカーとヴォーカリストイアンギランを含みました。ギランは、Episode Sixと、後で、ディープパープルに加わるために、1965年5月に立ち去りました。*3ギランの置き換えは、ヴォーカリストブライアンコナリーでした。タッカーとコナリーは、1968年までバンドに残されていました。
  1. …。(*/∇\*) あま~い、Sweetのこと☆
  2. Sweetの前身バンドが「Wainwright's Gentlemen」という名前らしい。GentlemenのGが大文字だったから拝啓。と訳してしまい、こんな誤訳になったとみた。
    →Sweetの始まりは1965年のイギリスのソウル系バンド(?)「Wainwright's Gentlemen」にさかのぼる。
  3. …そうだったんだぁ…ぜんぜん知らなかった…。



02/23
In 1968, Brian Connolly and Mick Tucker left Wainwright's Gentlemen to form another band. They recruited a bass guitarist/lead vocalist named Steve Priest from a local band called The Countdowns. Along with a guitarist named Gordon Fairminer, the band was called Sweetshop. Gordon Fairminer's stay was brief, and he was replaced by Frank Torpy. It didn't take long for Sweetshop to develop a following on the pub circuit, and they were signed to the Fontana Label. At the time, another U.K. band released a single under the same name Sweetshop, so the band shortened the name to Sweet. Their debut single "Slow Motion" failed to chart. Sweet were released from their contract, and Frank Torpy left.

ウェーンライトのものを残される1968、ブライアンコナリーとミックタッカーで、もう一つのバンドをつくるために拝啓。*1彼らは、スティーヴPriestという名のバス*2ギタリスト/リードヴォーカリストをCountdownsと呼ばれている地元のバンドから補充しました。ゴードンFairminerという名のギタリストと一緒に、バンドはSweetshopと呼ばれていました。Fairminerのものが抑えるゴードンは手短に言いました、そして、彼はフランクTorpyと取り替えられました。*3Sweetshopがパブ回路の上で支持者を開発することは長くかかりませんでした、*4そして、彼らはフォンタナLabelにサインされました。その時に、もう一つのU.K.バンドは同じ名前Sweetshopの下でシングルをリリースしましたので、バンドはSweetに名前を短くしました。彼らのデビュー一つの「遅いMotion」は、チャート入りすることができませんでした。甘い物は彼らの契約から自由にされました*5、そして、フランクTorpyは去りました。
  1. 拝啓。(笑)
    →1968年にBrian ConnollyとMick Tuckerは「Wainwright's Gentlemen」を辞めて他のバンドを結成した。
  2. →ベース
  3. →Gordon Fairminerの在籍期間は短く、メンバーはFrank Torpyに代わりました。
  4. →まもなくSweetshopはパブを演奏して回るようになり、
  5. →契約が破棄されました。



03/23
In 1969 guitarist named Mick Stewart joined, and Sweet signed a new record contract with EMI's Parlophone Label. Three more bubblegum pop singles were released, "Lollipop Man", "All You'll Ever Get From Me", and Archies cover, "Get on the Line", which all failed to chart. Stewart then quit and was replaced by ex-Elastic Band guitarist Andy Scott.

ミックという名の1969人のギタリストで、スチュワートは出会いました*1、そして、SweetはEMIのParlophone Labelとの新記録契約*2にサインしました。もう3人のbubblegumポップ一人は解放されました、「棒キャンディーMan」、「全て、あなたはEver Get From Meを決意します」、そして、アーチーはカバーして、「ラインをつけます」。そして、それを海図に記すことが全てができるというわけではありませんでした。*3スチュワートは、それから立ち去って、前Elastic Bandギタリストアンディスコット*4と取り替えられました。
  1. この誤訳は、おもしろい…。( ̄ー ̄;)
    →1969年にミック・スチュワートという名前のギタリストが加入し、
  2. 世界新記録を出さなきゃダメなスパルタな契約っぽいけど、新譜の契約ってことだとおもう…。
  3. アーチーとされているのはアーチーズ(ドン・カーシュナーの手によって作られた男女混成バブルガム・ポップ・バンド)で、「ラインをつけます」とされた曲"Get on the Line"がアーチーズのカバーらしい。それにしても「棒キャンディーMan」って…なんとなく、ハズカしい…(*/∇\*) キャ♪
    →3つのバブルガム・ポップ・シングル "Lollipop Man"、"All You'll Ever Get From Me"、アーチーズのカバー"Get on the Line"がリリースされたが、チャートには入らなかった。
  4. スコット登場~!ここで4人のメンバーがそろった。



04/23
With the new line-up now in place, a management deal was secured with a newly formed and unknown song writing team consisting of Nicky Chinn and Mike Chapman. Phil Wainman was the executive producer. This management deal also included a worldwide (except USA) record contract with RCA.

適所に現在新しいラインアップで、管理取引は、ニッキチンとマイクチャップマンからなるチームを書いている新しく作られて未知の歌で確保されました。*1フィルWainmanは、エグゼキュティブプロデューサーでした。この管理取引も、RCAとの世界的な(USAを除いて)記録契約を含みました。
  1. ここは、よくわかんないけど、こんな感じ?
    →新しい管理体制のもとにNicky ChinnとMike Chapmanという無名のソング・ライティング・チームが配置された。



05/23
Sweet initially attempted to combine various musical influences, including 1960s bubblegum pop groups such as the Archies and The Monkees, with more rock-oriented groups such as The Who. Sweet adopted the rich vocal harmony style of The Hollies, with distorted guitars and a heavy rhythm section. This fusion of pop and hard rock would remain a central trademark of Sweet's music.

甘い物は、まず最初に1960年代bubblegumポップグループ(例えばアーチーとモンキーズ)を含むいろいろな音楽の影響をWhoのようなより岩を指向するグループと結合しようとしました。*1 ゆがめられたギターと重いリズムセクションで、甘い物はホーリイズ*2の豊かな声の調和スタイルを採用しました。ポップとハードロックのこのフュージョンは、Sweetの音楽の中心的な商標のままです。*3
  1. これは、なかなかウマい訳かも…。こうゆう長ったるい文章をサラッと読ませる日本語にするのが、難しい…。
    →始めに、Sweetはthe ArchiesやThe Monkeesなど60年代のバブルガム・ポップ・グループといった様々なミュージシャンから影響を受けていた音楽性をThe Whoのような、よりロック色の濃い楽曲に取り入れようとした。
  2. →ホリーズ(グラハム・ナッシュが在籍していたバンドらしい)
  3. →ポップとハード・ロックが融合したこのスタイルは、スイートの楽曲を象徴するトレードマークとして、後々まで引き継がれることになった。



06/23
Another influence on Sweet's music was 1960s drummer Sandy Nelson, as heard on Mick Tucker's drumming style. In particular, Sweet tracks such as "Ballroom Blitz", "Action", and "Man With the Golden Arm", all contain elements of Sandy Nelson's 1961 U.S. top ten hit, "Let There be Drums".

ミックタッカーがスタイルをドンドン鳴らすことに聞こえて、*1Sweetの音楽に対するもう一つの影響は1960年代ドラマーサンディネルソンでした。特に、Sweetは例えば「ダンス場Blitz」(「行動」)を追います、そして、「人WithゴールデンArm」、全ては衝突されるサンディネルソンの1961着のアメリカトップ10の要素を含んで、「Thereをドラムであらせます」。*2
  1. as heard onってのは熟語かな…?わからん。
  2. お~、Q+Pのロジャーのドラム・ソロのやつだー!そうだったのか~。どんな要素なのか、よくわかんないけど…。
    →特にスイートの"Ballroom Blitz"、"Action"、"Man With the Golden Arm"といった曲はすべて1961にアメリカのトップ10入りをしたSandy Nelsonの"Let There be Drums"の要素を含んでいる。



07/23
In March 1971, Sweet's "Funny Funny" single became their first international hit, climbing to number one on many of the world's charts. "Co-Co" was the next single issued, which outsold "Funny Funny". The next single, "Alexander Graham Bell", was only a minor hit. Sweet's first LP, titled Funny How Sweet Coco Can Be was released towards the end of 1971, but failed to chart. As the LP faded into obscurity, Sweet found themselves being labelled by music critics as nothing more than a Top 40 singles band.

1971年3月に、シングルのSweetの「おかしいFunny」は彼らの最初の国際的なヒットになりました。そして、世界のチャートの多くの上にナンバーワンまで上がりました。「Co-Co」は出される隣のシングルでした。そして、それは「おかしいFunny」をより多く売りました。*1  隣のシングル(「アレクサンダーグラハムベル」)は、殴られる未成年者だけでした。*2 甘い物の最初のLP、肩書のあるFunny How Sweet Coco Can Beは1971年の末の方へリリースされたが、チャート入りすることができませんでした。LPが無名状態に弱まったので、トップ40のシングルスバンド以外の何物でもないように、Sweetは彼ら自身が音楽評論家によってレッテルをはられているのに気づきました。*3
  1. →次にリリースしたシングル"Co-Co"は"Funny Funny"より売れた。
  2. >殴られる未成年者だけ
    そんな物騒な…。
    →次のシングル"Alexander Graham Bell"は大きな売れ行きは示しませんでした。
  3. 泣けます…。



08/23
In September 1972, "Wig Wam Bam" was released. Although this single remained largely true to the style of Sweet's previous hits, the vocals and guitars were stronger and more more rock-oriented than on the group's previous singles. It was in many ways, a transition single, paving the way for the change of musical emphasis that came with "Blockbuster", Sweet's first single of 1973, which quickly reached number 1.

1972年9月に、「かつらWam Bam」*1はリリースされました。このシングルが主にSweetの前のヒットのスタイルに忠実なままだったけれども、ボーカルとギターは岩より強くてグループの前のシングルスに関してよりを指向しました。*2 それは「超大作」(1973年のSweetの最初のシングル)とともに来た音楽の強調の変更への道を開いて、多くの方向(移行シングル)にありました。そして、それは速くナンバー1に着きました。*3
  1. シングルのタイトル訳は何気にツボついてます。
  2. →ボーカルとギターはよりパワフルで、それまでのシングルよりもずっとロック色の濃いものになっていた。
  3. →"Blockbuster"
  4. musical emphasiseってのが、自信ないけど、こんなのでいいかな?
    →それは色々な意味で転換期となったシングルであり、楽曲の力強さに変化をもたらすことになる。次にリリースした1973年の最初のシングル"Blockbuster"は、またたく間ににチャートの1位まで登りつめた。



09/23
As the group's popularity grew, Sweet put in a heavy schedule of U.K. and European TV promotional appearances, including numerous Top Of The Pops and Supersonic slots. Sweet soon picked up a large teenage audience. The band also capitalised on the Glam explosion, rivalling Gary Glitter, T. Rex, Queen, Wizzard, and Slade for outrageous stage clothing.

グループの支持率が増大したので、SweetはU.K.とヨーロッパのテレビプロモーションの外観の大変な予定を入れました。そして、多数のTop Of The PopsとSupersonicスロット*1を含みました。甘い物は、すぐに大きな十代の観衆*2を迎えに行きました。バンドもGlamの上で爆発に投資しました。そして、法外なステージ衣類のためにゲイリーグリター、T.レックス、女王、Wizzardとスレードに対抗しました。*3
  1. "Top Of The Pops"がテレビ番組のタイトルだから"Supersonic slots"っていうのも、テレビ番組のタイトルかな?
  2. >大きな十代の観衆
    私だって大きな十代の観衆なんだからぁ、迎えに来て欲しい~♥
  3. われらが女王も衣装合戦に登場(笑)
    法外な衣装合戦が開催されて、出場者は、スイート、ゲイリー・グリッター、T.REX、女王、ウィザード、スレイドの6チーム。さて、その優勝者は???
    ん………悩むなぁ。スイートの衣装かわいすぎるぅ。ゲイリー・グリッターもやっぱり、グリグリさではやっぱりリーダーだ!T.REXは…かわいいけど意外と普段着でも通用するよなぁ…。われらが女王様の衣装は…やっぱりフレたんの赤白ホットパンツが好・き・(*/∇\*) キャ♪ ウィザードは…誰にもマネできん!すごい魔法使いだ!スレイドもけっこう好きだなぁー、あのミラー帽子ほしい…£ονё゚:。(*-ω-)-ω-*)。:゚£ονё
    夢想タイム、終了~。



10/23
By mid 1974, Sweet had grown tired of the artistic control Nicky Chinn and Mike Chapman exerted over their career, hence the group decided to record without the duo. The resulting album, Sweet Fanny Adams, was their first Top 40 chart album, also demonstrating a heavy rock band of considerable talent. Sweet also dropped their Glam image in favour of a more conventional hard rock appearance. In reponse to music critics, Sweet concentrated on proving their musical talents on self-written hard rock/pop album tracks.

1974年中頃までに、Sweetは彼らの職歴にわたって出される芸術的な支配ニッキチンとマイクチャップマンに疲れてきました、それゆえに、グループはデュオなしで記録に決定しました。結果として生じるアルバム(Sweetファニーアダムズ)は彼らの最初のトップ40のチャートアルバムでした。そして、また、かなりの才能の重いロックバンドを示しました。甘い物も、より従来のハードロック出演に賛成している彼らのGlamイメージを落としました。*1音楽評論家へのreponseに、Sweetは自己書面にしたハードロック/ポップアルバムトラックで彼らの音楽の才能を証明することに集中しました。
  1. 微妙なニュアンスが自信ないけど…。
    →また、Sweetはグラムのイメージをそげ落として、外見の上でもよりハード・ロックらしく傾倒していった。



ここで、前半終了!最後まで終わるかなぁ…。
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by rainy_day_t_12_35 | 2005-12-16 16:31 | 音楽

Sweet☆Singles [Fox On The Run]   

2005年 12月 15日
Queenが「ボヘミアン・ラプソディー」を出していた頃、Sweetはこんなシングルを出していた。
一度聞いたら耳に残るようなキャッチーな魅力いっぱいの『Fox On The Run』。イギリス、オランダで2位、ドイツで1位、スイスで3位、アメリカで5位というチャートを記録。

そういえば、イギリスに生きる庶民を撮り続けることでも定評のある映画監督、ケン・ローチ監督の作品『マイ・ネーム・イズ・ジョー』にも、「70年代といえば・・・、Fox On The Run」というセリフが出てきていた。確か…たぶん…。(あやふやな記憶)
あれは、現代に出会った男と女が、互いに70年代を回顧することで、まだ出会っていなかった頃のブランクをひとつひとつ穴埋めしていくための会話だった。
この曲もまた、70年代のイギリスを代表する名曲のひとつなのだー!

ともかく、腰に左手をあてて「風呂あがりの牛乳一気飲みポーズ」を保ち、憂いがたちこめるなかにも、一握の希望を託して右手で未来を指差し、ジャッジャッジャッジャッと小気味良く腰を左右に揺すってリズムを刻むのが、この曲に求められる姿勢です。
ま、とにかく、そんな感じです( ̄ー ̄;)

シングルって、やっぱりカワイイ☆

e0063317_1714076.jpgFox On The Run / Burn On The Flame
- Japanese -


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Fox On The Run / Miss Demeanour
- Japanese -



e0063317_1562723.jpgFox On The Run / Miss Demeanour
- Mexican -



e0063317_159085.jpgFox On The Run / Hell Raiser / Blockbuser! / Ballroom Blitz
- Australian -
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by rainy_day_t_12_35 | 2005-12-15 15:44 | 音楽

Sweet☆Albums   

2005年 12月 13日
その強化月間の一環として今年の1月17日にリマスターで発売されたSweetのアルバム5作品を紹介☆

ちなみに曲の試聴はコチラが便利です♥

『Funny How Sweet Co-Co Can Be』
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1. Co-Co
2. Chop Chop
3. Reflections
4. Honeysuckle Love
5. Santa Monica Sunshine
6. Daydream
7. Funny Funny
8. Tom Tom Turnaround
9. Jeanie
10. Sunny Sleeps Late
11. Spotlight
12. Done Me Wrong All Right

【ボーナス・トラック】
13. Be With You Soon (Out-Take)
14. You’Re Not Wrong For Loving Me
15. Alexander Graham Bell
16. Poppa Joe
17. Little Willy
18. Man From Mecca
19. Wig-Wam Bam
20. New York Connection
21. Paperback Writer
22. Lucille/Great Balls Of Fire


『Sweet Fanny Adams』
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1. Set Me Free
2. Heartbreak Today
3. No You Don’T
4. Rebel Rouser
5. Peppermint Twist
6. Sweet F.A
7. Restless
8. In To The Night
9. Ac-Dc

【ボーナス・トラック】
10. Blockbuster
11. Need A Lot Of Lovin'
12. Hell Raiser
13. Burning
14. Ballroom Blitz
15. Rock ‘N’ Roll Disgrace


『Desolation Boulevard』
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1. Six Teens
2. Solid Gold Brass
3. Turn It Down
4. Medussa
5. Lady Starlight
6. Man With The Golden Arm
7. Fox On The Run
8. Breakdown
9. My Generation

【ボーナス・トラック】
10. Teenage Rampage
11. Own Up, Take A Look At Yourself
12. Burn On The Flame
13. Someone Else Will
14. Medussa (Home Demo) *未発表曲
15. Burn On The Flame (Home Demo) *未発表曲
16. I Wanna Be Committed
17. Fox On The Run (7” Version)
18. Miss Demeanor


『甘い誘惑(原題:Give Us A Wink)』
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1. Lies In Your Eyes
2. Cockroach
3. Keep It In
4. 4th Of July
5. Action
6. Yesterday’S Rain
7. White Mice
8. Healer

【ボーナス・トラック】
9. Action (7" Version)
10. Cockroach (Munich Mix)
11. 4th Of July (Munich Mix)


『明日なき青春(原題:Off The Record)』
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1. Fever Of Love
2. Lost Angels
3. Midnight To Daylight
4. Windy City
5. Live For Today
6. She Gimme Lovin’
7. Laura Lee
8. Hard Times
9. Funk It Up

【ボーナス・トラック】
10. Distinct Lack Of Ancient
11. Funk It Up (Disco Mix)
12. Stairway To The Stars
13. Why Don’T You Do It To Me
14. Midnight To Daylight (Extended)
15. Lost Angels (Demo Version)
16. She Gimme Lovin’ (Demo Version) *未発表曲
17. Hard Times (Alternative Version)


『Very Best Of Sweet』
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1. Blockbuster
2. Hell Raiser
3. Ballroom Blitz
4. Teenage Rampage
5. Co-Co
6. Six Teens
7. Love Is Like Oxygen
8. Papa Joe
9. Funny Funny
10. Turn It Down
11. Alexander Graham Bell
12. Lies In Your Eyes
13. Action
14. Its It’S The Sweet Mix
15. Little Willy
16. Wig-Wam Bang
17. Fox On The Run
18. Restless
19. Set Me Free
20. Burn On The Flame
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by rainy_day_t_12_35 | 2005-12-13 13:23 | 音楽

最近の若者は…   

2005年 12月 07日
さっき、事務所に来た年配のお客さんに「この観葉植物、社長が育ててるんですか?」と聞かれた。その葉っぱたちは私が愛情こめて育てていたものなので即座に否定したら、「ほぉ~最近の若者にしては珍しい」と言われた。
ハァ?何ゆうてんの?このオッサン…。若い人は植物を育てないとでも?盆栽ならまだしもさぁ…。
と、ついつい、あからさまに「用が済んだらとっとと帰れよ」オーラをアリアリと漂わせてしまった( ̄Д ̄;)


どうも私は「今の若者達はなっとらん!」「最近の若者は………」などといったこのフレーズには過剰なほど拒絶反応を示してしまう。
だって、もし本当にその若者達が非難されるべきものだとしたら、その世代を育てた自分たちの世代にこそ、責任があることを自覚すべきなのだ。そして、しかとその責任を背負える器があれば若者達の悪口をたたくような卑劣な発言はしないハズ。
ま、「今の若者達はなっとらーん(`Å´)!!!」とまでは言わなくとも、そのフレーズに非難的な色あいはなくって、一般的に若者の傾向を述べるものであったとしても、どうも、何かがひっかかってしまう。「(自分達とは別物の)今の若者達」として、まさに色眼鏡で見ているようだからだろうか。

ところで、聞くところによると、このフレーズは江戸時代の文献にも見られるものらしい。
つまり、少なくとも江戸時代の若者たちからして、なっとらんかったワケだ(笑)。
それがもし本当であるなら、世代交代するにつれて世の中は悪化の一途をたどってきて、江戸時代に比べると今の世の中は、もう最悪どころの騒ぎじゃなくなる。
そんなワケないじゃん!江戸時代の日本は世界から見れば文明的だったとはいえ、今の世の中の方がマシに違いないってばー!


「口ごたえ」や「売り言葉に買い言葉」なんてのは「ネガティブな感情のキャッチボール」と呼べる。なんてゆうか、人間ってのは条件反射で感情をキャッチボールしちゃうようにできている。
「キレる」ってのも鬱積したネガティブな感情が爆発した結果であり、これは少し長いスパンでみた「感情のキャッチボール」だと思う。
さらには、「虐待の世代間伝達」と言われる事柄がある。
幼い頃に虐待を受けて育った子どもが成長すると、今度は自分の子どもを虐待する傾向に陥りやすい、というものだ。
そんなの、悲しすぎる。
これは長いスパンでみた「感情のキャッチボール」と言えると思う。
よっぽど必死にがんばらなきゃ、受け取ったボールは他の人にも返してしまうよう、できているものらしい。

で、「受け取ったネガティブなボールはポジティブなボールに変換して返すこと」が、何よりも大切なことだとおもっている。
1回でもそれが実行できたら、延々と続くループを抜け出して、より上のレベルにすすめる。そうして、1歩づつ、オトナになるれるのかもしれない。ひとりひとりがそうしてオトナになれたら、「歴史」を繰り返さずに済む。
それがひとつひとつ積み重ねられることで、よりよい世の中になっていくハズなのだ。

今の世の中を悲観的な見方をしている人も多いけど、私はそうは思わない。
さっき事務所に来たそのおじさんが生まれた頃は、国や文化、価値観や主義が違うというだけで、同じ人間なのに、人を殺すように教育された時代だったはず。
そのおじさんがバリバリ働いていた頃は、目前の私利私欲のために一丸となって有害物質を垂れ流し周辺の命あるものや環境を公然と破壊していった時代だったはず。

たかだか60年、せいぜい3~4世代の伝達で、世の中はこんなに変わった。
もちろん昔の方が良かったものもあるんだろうけど、全体的に見たら、世の中は確実に良くなってきてるはず。
悲惨な事件を多く耳にすることはあるけど、裏を返せば水面下で行われていたことが表面に浮き上がってきただけなのかもしれない。特に虐待などは昔に比べて多くなったとは一概には言えないような気がする。表面に浮き上がってきたらアクをすくいとるのは簡単だ。アクをすくえたら、世の中はまた一歩、良くなるはず。
こう言っては、楽観的すぎるんだろうか?でも、そう信じていたい。
生物学的にも精神的にも、世代が交代するにつれて、よりよい世の中へと成長していくために、人間が存在しているはず。そうだとした場合、もし世の中が本当に悪くなっているのだとしたら、人間の存在意義が本当になくなってしまう。そんなのイヤだ…。

だから…、だから私は「最近の若者は…」といった、このフレーズに対して、過剰なほど拒絶反応を示してしまう( ̄ー ̄;)
でもねぇ、だからって、おじさんに対して仏頂面を見せた私って…。思いっきりネガティブな感情のボール投げてるじゃん…( ̄Д ̄;) オトナにならねば…。


「目には目を、歯には歯を」じゃなくって、
「全ての武器を楽器に!」
「キノコ雲をさかさまにして、花瓶にしよう」
世界が平和になる日が一日も早く来ますように。
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by rainy_day_t_12_35 | 2005-12-07 15:12 | 雑記

No Direction Home   

2005年 12月 02日
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NHK 『No Direction Home』特集サイト

最近何かとボブ・ディラン周辺が騒がしくなっていたらしい。
『ボブ・ディランの頭のなか』という映画が上映されたり、自伝や全詩集などが出版されたり。
ボブ・ディラン、64歳。
こうなるとどうしても、半生を振り返る時に来ているとでも考えているのではと受け止めてしまう。
でも、ボブに積み重ねられた歴史を思うとボブがまだこの若さだということに、戸惑いを覚えたりもする。ボブ・ディラン、思っている以上に、まだまだ若い。

そんななかで、先日マーティン・スコセッシ監督によるボブ・ディランのドキュメンタリー『No Direction Home』がNHKのBShiで放送された。

BShiは契約していないので諦めていたら、親切に友人がビデオに撮ってくれたー!
私は熱心なファンでもないので、どの曲がどのアルバムに入っているかもわからないし、貴重な映像なども持っていなければ歌詞もわかっていない。
だけど、ナゼかボブ・ディランが、好きだ。
2001年の武道館にボブ・ディランを観にいった時も、何が何やらわからないままに、最初から最後まで、ただひたすら涙が溢れて仕方がなかった。
英語がわからないから、歌詞の意味すらわからないのに、なのに、この人の歌を聴くと、言葉の数々がグサグサと魂に突き刺さってくる。


このドキュメンタリーを観て、ボブがインタビューに応じていることに、とにかく驚いた。
私にとってボブ・ディランって、霧のなかのひとのような存在だった。
出演映画を観てもステージを観ても、歌を聴いても本を読んでも周りの人のコメントを見聞きしても、どうゆうひとなのか、どうもピンとこない。全くつかみどころがない。
そんなボブが、実際に、自身について淡々と、本心を語っていた。多分…(笑)
アレン・ギンズバーグまでもがボブ・ディランについて語っていた。
この人は、歴史の流れの道しるべになるべく生まれてきたのかぁ~、なんとなく、そんなことを思った。
それより何より、64歳のボブ・ディラン、かっこいい~~~(≧∀≦)

このドキュメンタリー、60年代のボブ・ディランにばかり焦点を定めたドキュメンタリーになっていた。秘蔵映像ももりだくさん。こんな映像が残ってたのかぁ~。
20~25歳の頃のボブ・ディラン、かわいい~~~(≧∀≦)

って、動機が不純だけど、いいんだもんね( ̄^ ̄;)
正直に言って、「ボブ・ディランを聴け!」と他人に言われると、なんかこう~、恩着せがましく感じるというか、必要以上にウザいものがある。
だからオススメしにくいけど…もし機会があったら観てネ☆12月2日に再放送もあります。
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by rainy_day_t_12_35 | 2005-12-02 01:06 | 音楽